私にとって瞑想修行はなんだったのか考えた。

雑念だらけの私はヴィサッパナー瞑想をしっかりと習得することはできなかったのかもしれない。

けれど、それ以上にこの瞑想修行で得るものがあった。

雑念ではあるけれども、7時間座り7時間歩く中でかなり回想した。

小さいころから今に至るまで、ありとあらゆる出来事、感情がよみがえった。

また、これからのこと、今思い悩んでいること、アイデア、計画…などが浮かんだ。

(繰り返しておくと、これらは雑念。)

そしてそれらを受け入れることにしようと思った。

過去のことは今に繋げるために。
これからのことはこれからできる!という喜びとともに。


そして、2日目くらいに気づいたこと。

自転車をこいでいるときの 心 に似ているということ。


自転車をこいでいるとき。
長距離を1日7時間も8時間も10時間もこぐとき。
それが何日も何ヶ月も続くとき。

ふと気づくと回想している。


だから今回の体験を意外とすんなり受け入れられた。

もちろんこれらは瞑想においては雑念で、正しいことではないのだろうけれど。

瞑想方法に沿っての瞑想ができず、そのくせ1週間もお世話になったこと、申し訳ないと思う。
それでも、学ばせていただいたことにとても感謝をしている。

いろいろ申し訳ない、と思いつつあえて書くことにした。


1日中自分と向き合う。
過去も今もこれからも、周りの人も物も環境も出来事も、すべて含めての自分。

今、呼吸をし、生きている自分、
生かされている自分を見つめる。

受け入れること。


瞑想の服を脱ぎ、センターを出たとき、感謝の思いでいっぱいだった。
by manten-bike | 2010-05-19 16:14 | ミャンマーで瞑想